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From Santa Fe to Phoenix [亜米利加大陸横断]

12月13日(土)

昨晩は、満月。月の軌道が楕円ゆえ、過去数十年で最も北半球に接近した満月だそうです。昨晩、月を見ましたが、いつもより近くに見えた様な、大きく見えた様な。。(気のせいかな。。)

月25ドル払ってTV Japanが見られる様になり。。大河ドラマ、篤姫と、ごくせん3をケーブルTVのセットトップボックスに内蔵されたハードドライブに録画して毎回楽しみに見ている。篤姫は、最初から見たかった。。家定と言う、日本史では殆ど扱われない将軍の妻となった島津家の篤姫(のち天璋院)、と言う女性の目を通じた幕末の日本の姿。。故郷を捨てて、お国の為、将軍家に嫁ぐ女性の姿に泣けてくるし。。日本を強くするぞ、と立ち上がる人々の姿に涙し。。来年の大河ドラマは最初からずっと見たいね。。アメリカで見る時代劇、とても良い。。

さて。前回のニューメキシコ投稿から、はや5ヶ月。。。昨年の3月末に、以前住んでいたノースカロライナのキャリーから、カリフォルニアサンディエゴまで、車による大陸横断の旅、を実行してから約2年弱(正確には1年と9ヶ月)。。。やっと、前回のニューメキシコから、アリゾナ州フェニックス(正確には、滞在したのはフェニックスに近い新興地域スコッツデール)に至る迄の道程の記事に、至る事ができました。

何故ここまで時間をかける程、抵抗があったのかわかりませんが。。。今日、この記事を書こうとして気づいたのは。以前、住んでいたサンディエゴに、9年ぶりに戻る前に、最後に寄った都市の名前がPhoenix(フェニックス、不死鳥)、と言う事で。。なるほど、ここを受け入れるのに(無意識層で)抵抗があったのかな、と(しかも、2年近く・笑)。

それと。この、ニューメキシコ州のサンタフェ、正確には、ハイウエー、Iー40上のアルバカーキーから、アリゾナのフラッグスタッフまでの道、それから、フラッグスタッフから、ハイウエー、I-17を南に下る道(正確には、このハイウエーI-17、のアリゾナ、フェニックスとフラッグスタッフの間)が、出発点のノースカロライナ州のキャリーから、最終目的地カリフォルニア州サンディエゴまで車で走って来た道で、一番魅了された変化の富む風光明媚で、一番のお気に入りの道だったのですが。。

余り大した写真を撮っていないのです。テキサスをひたすら走っている時に比べ、景色が変わるので運転していても景色を見ているだけで飽きず。更に、I40でアリゾナに入った辺りから、アメリカ先住民の方がやっているサービスエリアばかりで、私が大好きな彼らの作ったアメリカ先住民の芸術品が売られているので、かなりの数のお店に立ち寄り、そこで働くアメリカ先住民の方達と話したりして、随分楽しんでいたのですが。。写真を撮る事自体に、飽きていたのかもしれませんね。。。

と言う訳で。。今回は、前回ご紹介したニューメキシコ州、サンタフェから、アリゾナ州、フェニックスまでの道程のご紹介です。

アリゾナで泊まったホテル(スコッツデール、ウエスティンホテル)から、サンディエゴまでの道程は、残念ながら、メモリーカードが壊れた事により、読み込み不可能となり、喪失してしまいましたので、私の今回のアメリカ大陸横断の投稿は、ここで終わりです。

以下が、過去にアップしたオンタイムの記事です。

From Cary to XXX Day 5

From Cary to Gooooooooooooooooal ♪ Day 6

実は、メモリーカードの崩壊により、喪失してしまった道程(アリゾナ、フェニックスからカリフォルニア、サンディエゴ)は、カリフォルニアに引っ越してから既に4回訪問しているアリゾナのセドナまでの道程と同じなので。今回ご紹介できない部分は、別途、サンディエゴからセドナの旅ハイライト、と言う形でご紹介しようと思っております。。。

では、本日は。。ニューメキシコ州のサンタフェから、アリゾナ州、フェニックスまでの約830キロの写真を搭載します。

この写真を整理していて、改めてアメリカの大自然の大きさ、豊かさ、懐の深さを実感しました。これ程素晴らしい自然を持つ国が、物質至上主義に走り、金融経済が崩壊し、失業者が増え、皆がパニックに陥っている。この素晴らしい自然に比べたら、私達人間はなんてちっぽけで、浅はかで、儚い事でしょう。。。そのちっぽけな人間が、右往左往する図。。滑稽であり、愉快であり、又、愛おしくもあり。。私の儚い人生の1分1秒を一歩一歩、大事に生きたい、一人一人との出会いを大切にして行きたい、そう改めて思いました。

かなり写真が多いのですが。。。写真を通して、一緒に走っているイメージを持って戴けたらと思います。。。

From Santa Fe to Phoenix -写真


Santa Fe New Mexico [亜米利加大陸横断]

7月20日(日) 日本は海の日で3連休なのですね・・・。

昨日は、お気楽セーリングに行き、ポイントロマを越えた外洋をふらふら走っていた。ヘルムを持たせてもらって、シャンパン片手に(笑)ヨットを操船していた時に、ドルフィンの集団に遭遇。私の下を2頭、上側に3頭、ジャンプをしながら着いて来て。。何とも言えない心地よいエネルギーが船を包んだ。

さて。。壊れた外付けハードディスクドライブですが。メーカーのカスタマーサービスにコンタクトを取った所、症状として、電源を入れても立ち上がらない、ブルー色に常時点灯しているはずのライトが点滅している等説明したのですが、これをやって見て下さい、あれをやって見て下さい、と言う指示は、全てPC側が異常ないかどうかのチェックでした。全て問題の無いのはわかっているのですが、一応指示通りにやって何も問題無い事がわかると、それでもHDDの青いランプが点滅しているなら、1年間のワランティー以内ならリプレイスとして新しいのを送る(修理はしない)、との事でした。私は1年以上経過しているので、リプレイスもできないのですが、1年ちょっとで壊れるメーカーの商品なんて、ただでも欲しくない、私は中にストアーしたファイルを助けて欲しいだけだ、と言ったら、’私どもは、Wholesale ですから' とのたまう。。ホールセール? 一瞬何のこっちゃと思ったけれど、要は、作ってるメーカーは他にいて、うちはただ売ってるだけだ、と言いたいらしい。

こりごりです。。2度とこのメーカーの商品は買いません。I/O Magic と言う会社です(ばらしちゃった・笑)。皆様、お気をつけて。 因みに、このカスタマーサービスとのメールでのやり取りに3日間かかりましたが、一度たりとも、"sorry"や、 "Apology" の言葉は聞かれませんでしたね。。Thank youだけです。

と言う訳で、色々な場所の色々な写真が、ブログねたになる前に消えてしまいました。それでも、バックアップを取っていた写真は思った以上にありましたので、細々と書いて行けたら良いな、と思います。アメリカ生活での最低な経験も、今度特集組んで書こう(笑)

本日は、アメリカ大陸横断の続きで、サンタフェ ニューメキシコ 残り後1日です・・。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
07年3月24日(土)  サンタフェ、と言う街は、私にとって、心地よいエネルギーを持っていた。過去2日間の長時間運転がまるで夢だったかの様な、リラックスした朝を迎えた。

更に、外に出ると、驚く光景が私を待っていた。。。外に出ると、そこには。。。

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from San Antonio to Santa Fe -New Mexico [亜米利加大陸横断]

6月22日(日) 

夏至が過ぎ。。ローカルテレビで、これから9月22日までオフィシャルに夏だ、と言っていた。。ふうん、サンディエゴでも一応、意識するのか、とぼおっと見ていた。 ちょっとスキンをいじってみたら。。以前より、カスタマイズが簡単な事がわかり嬉しい。。夏の間はこれで行こうか。。時々色変えよう。

先週の土曜は、約4年ぶり位にヨットレースに出たら、いきなり20ノット位吹いて。両足、あざだらけになったが、やはり海の上で体を動かすヨットレースは楽しい。。その後、数年に一度位しかかからない、かなりひどい風邪を引き(ヨットとの因果関係は不明・笑)、発熱はなかったが、気管支炎の様な肺の奥が痛んでいる様なげほげほの咳を多発し、その咳が全身のエネルギーを吸い取り、水曜から寝込んでいた。外は、この季節には無い程の暑さを記録し、日中、人間の体温を越す位の気温になっていたが、具合の悪い時には、外の天気など眼中にない。

未だ、げほげほ、の咳はでるけれど、こうして起き上がってブログが書ける位、回復したのは、良かった、良かった。 今日も暑そう。

さて、そろそろ、昨年のアメリカ大陸横断の続きを書いて、けじめをつけたいな~と思っています。前回は、テキサス、サンアントニオまで、でしたから、今日は、サンアントニオ、から、ニューメキシコ州、サンタフェ までの道のり。。。全行程、880.44マイル(約1400キロ)、13時間の過酷な運転。。。

アリゾナのフェニックス(スコッツデール)以降、大陸横断最後の2日間の写真が、メモリーカードが壊れ(バックアップも取っておらず)、喪失しましたので、今回のを入れて後3回位書くと、このアメリカ大陸横断も終焉を迎える、と言った所ですね。。。その後、アリゾナのフラッグスタッフ、フェニックス、セドナや、ネバダのラスベガス、カリフォルニアのパームデザート等に車で出かけた時のお写真が、この大陸横断の写真で喪失した部分に、補足して余りある位になるのではないか、と思います。

去年の移動時に、実況中継したブログはこちら

From Cary to XXX Day 4

 san antonio to santa fe.gif

今考えても。。。こんな距離、1日でよう走ったな。。。

さすがに、1400キロを一人で、一日で走るとなると、しかも、殆ど車の走らない、まっすぐな道となると、ハンドルも殆ど切らず、オートクルーズにして、アクセルもブレーキも踏まない、となると。。。実際、何もする事が無いんですね。。唯一、景色が変わるのが楽しみな訳ですが、このテキサスを東西に突き抜けるIー10は、殆ど景色も変わらないので。。本当に、走っても、走っても、走っても、走っても、走っても、走っても・・・未だテキサス。。。余程、暇だったのでしょう。。写真がやたらあるんです。。似たような写真ばっかり(笑)。

なので。。これは、ひょっとしたら、その走っても走っても走ってもテキサス、の状態が、良くわかるのではないか、と思い、時間軸で、写真を一気に掲載して見る事にしました。変化の無い写真なのですが、その13時間、1400キロの様子が、垣間見られるかもしれませんね。。。

因みに、続きを読む、以降は、写真が多いので、重いかもしれません。。

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From Memphis to San Antonio ② -Day 3 [亜米利加大陸横断]

3月8日(土)


今日からデイライトセービングタイムで、時間が一時間進みました。1年に2度の行事とは言え、家中の時計を変えるのは結構面倒なんですよね。。未だ1時間進める方がましなのですが、これが1時間遅らせる時は、デジタルで、時間と分が別々に変えられないで、1分ずつしか進められない物は、結構むかつきますね。こんな時にアナログの時計が楽だと思います。針を動かすだけですからね。。。各家庭を回って時計を変えて歩くアルバイトがいる、と聞いた事がありますが、納得しますね。 





記事をアップして下書きでセーブしようとしたら、すっ飛びました。しかも2度も。。 むかつき。 今までに比べて、使い勝手が悪くなっている所に、1時間位書いていた記事が飛んでしまうと、一気にやる気がなくなりますね。それでも気を取り直して、3度目の正直と行きますが。。これで駄目でしたら、きついな~。


トトカルチョの為、アメリカンアイドルのフィナリスト12人のプロファイルとか見ていたのですが。。12人中、5人が、サンディエゴのオーディションで選ばれた人でした。マイアミから2人、フィラデルフィアから2人。後はダラスとオマハ。最後まで残る、アメリカンアイドルを誰にするか、と言うのは非常に悩ましいのですが。。これは、個人的希望で選ぶ事にしました。。さて、私が選ぶのは誰でしょう。。





今私が考えている落ちる順番は。。





Chikezie, Kristy, David C, Jason、Syesha, David H、Brooke, Carly, Michael, Ramiel, David A, Amanda





そう。。応援していたAsiah がいなくなってしまったので、Amandaに頑張って欲しい、と思っています。結局、配当を決めるのは競馬と一緒で、かけてる人が多い程、配当が低いと言うのがトトカルチョの仕組みですから。。大穴狙い、と言った所でしょうか(笑)


さて結果は。。12回中、何回当たるでしょうか♪ 今週からのお楽しみに。。。





では。。先日の、続き。。




テキサスーアーカンソーのビジターセンターを抜けると、いよいよテキサス州へと入って行きますが、暫くは、アーカンソーで見た田園風景が続き、それが綺麗で意外。。私のテキサス先入観は、テキサス=だだっ広い平野だったので。*テキサス*と言って、東西南北に広いテキサスの特徴を一般化して呼ぶ事の過ちに気づきました。。広いからこそ、地域によって違うのですね。。。





Arkansas 10.jpg





Arkansas 11.jpg





因みに、以前、車のプロのYAPさんから、 ’Zunkoさんは左側車線をがんがん行ってますね♪ ’、と言う、余りにも鋭いご指摘を受けたのですが、(全くその通りです・笑)、今後アメリカで車を運転される方の為に敢えて申し上げますと。。アメリカの高速で2車線の所は、通常右側車線を走行し、追越をする時のみ、左側に入る、と言うルールと言うか、マナーがありまして。。私の様に、車が余りいない事を良い事に、左側をずっと走っているのは、マナー違反です。。お気をつけ下さいね。。テキサス州は、これが、標識に書いてあるので、嫌でも守られねばならず。。これからテキサス走っている間、右側車線を走っている写真が多いかも? 




例えばこれ、とか。





Texas 3.jpg





これとか。





Texas 4.jpg


そうそう、途中、川があったのですね。。地図で見たのですが名前がわからなかったです。この川、どうやらオクラホマ州の湖辺りで始まって、テキサス州とオクラホマ州の州境を流れ、テキサス州を南下している様です。。この川の景色も凄く綺麗でしたね。




Texas 5.jpg





お気づきの方、いらっしゃるかもしれませんが。。実は、I35に乗る前に、既にI30を300マイル(約480キロ)程走っていて、相当疲れているのと、殆ど景色の変化が無い為、すっかり運転に飽きてしまっていると言う状態で、余り写真がありません。。ご覧の通り、どこまで行っても道はひたすらまっすぐで、殆どハンドルを切る機会も無く。ある速度で設定してクルーズモードにしている為、アクセルもブレーキも踏む必要もなく。。。席に胡坐かいて座ったり、たまに足伸ばしたり。。と。。かなり運転に飽きておりました(笑)。





そんな状態で、I35に乗る直前に、ダラスの近くを突っ切った訳ですが。これがね、本当に怖かったんですね。今回アメリカを横断して初めて実感したのですが。。田舎町は、2車線で大抵、制限速度が75マイル(一部テキサスには90マイルの所がありました。その話は後日ですね。。)。車の数が少ないし、殆ど直線で、運転するのに余り神経を使わず、と言う状態ですが。これが郊外に入ってくると、3車線、制限速度が65マイル。段々車の量が増えて行き。。やがて、3車線以上、制限速度が55マイル、となってくると、あ~都会に入って来たな~、と実感するのですね。。景色のみならず、高速の景色や、走っている車の種類、人々の特徴等、が変わって行く姿は、アメリカのダイナミックさを実感できて感無量でした。。。





480キロ程、何時間もアクセルもブレーキも踏まず、ハンドルも切らずに、ほけ~っと運転して来た後に、車の量が増えて。。更に前に申し上げた通り、運転の荒い人が多いダラスの街中で(誰も制限速度55マイルなんて守っていないし)、更に怖いのが、車を普通に走らせて、前が渋滞で止まると、行き成り急ブレーキを踏む方が非常に多いのですね。普通、自分の前が渋滞でスローダウンしてくると、車をスローダウンさせるので、自分の運転席から前の状況がわからなくても、あっ渋滞でもあるんだろうな、と自分もスピードをダウンさせて、準備する事ができるのですが。。普通に走ってるから普通について行きますと、がっと急にブレーキを踏まれて止まってしまう。。これが怖いので、少し車間を開けて走りますと、今度は、これでもか、これでもか、と車が自分の前に入ってくる(笑) こんな隙間に入ってくるかよ、お前。。と言う位のわずかな所に頭を突っ込まれて入ってくる。。。このダラスの経験はマイアミのそれに比べてもかなりしびれるものがありました。。。





その。ダラスの近くの高速の模様。





Arkansas 12.jpg





ダラスを抜けると、いよいよ高速I35に入り、ひたすら南のサンアントニオに向って車を走らせます。





Texas 6.jpg





残念ながら、I35での写真はこの位。。この頃には、既に意識が朦朧(PCじゃないと決して書けない漢字ーもうろう・笑)としていたのを覚えています。I35も200マイルは走りました。





このI35を走ると、オースティンを通るのですが。。ここを通った時、丁度、帰宅ラッシュアワーでして。。。滅茶苦茶時間がかかってしまいました。。。その、渋滞の中の、のろのろ運転が実は一番きつかったかもしれませんね。さっき申し上げた、急ブレーキ、車間をあけると、又車。。(字余りか。。俳句のつもり・笑)。。





オースティンの模様↓ 





Texas 7.jpg






いよいよ。。サンアントニオの文字が見えてきて感動。。。





Texas 8.jpg





道での写真は、これで終わりです。。。





目的地の、サンアントニオのホテルに到着したのは、夜8時は回っていました。更にダウンタウンに入った時に、高速ビルが多く、道と道の間がそれ程開いていない為が、GPSが道を間違えたり、シグナルを待って暫く考えたり、で、同じ所を何度も何度もぐるぐる回って、やっとの思いで、へろへろになってホテルにたどり着きました。。事故も何もやくて良かった。。。





この時に泊まったのは、超贅沢だった、こちら。余り時間も無く、ただ寝ただけで勿体ないのですけれどね。。






Westin RiverWalk Hotel






http://www.starwoodhotels.com/westin/property/overview/index.html?propertyID=1167 





サンアントニオの歴史は古く、私が行きたかった(ヨーロッパからの)最初のアメリカ移民の縁の土地の一つだった訳で。。それゆえ14時間もかけて、はるばるやって来たと言うのがあります。。(その他の土地は、このブログでもご紹介しておりますが、セイントオーガスティンーフロリダ、ジェームズタウンーバージニア、プリマスーマサチューセッツ、サンタフェーニューメキシコ、サンディエゴーカリフォルニア)





サンアントニオは、もともとは原住民の方が住み、*Yanaguana*Refreshing Water と呼んだ土地で。17世紀辺りからスペインのミッションが何度かこの土地を踏み、1718年に、スペインの、アントニオ オリバーレス牧師がミッション アントニオ デ バレーロとしてこの土地を踏み(キリスト教の布教の為)、そこからサンアントニオと名づけられたそうです。 





テキサス州が、他のどのアメリカの州とも違う、と言う理由の一つは、ひょっとしたら、テキサス州が、アメリカからもメキシコからも独立していた時期があったから、かもしれませんね。。それは1836年、メキシコとテキサスで、アラモFort の戦い があり、テキサスが勝利して、メキシコからの独立を宣戦します。そのアラモの戦いの中心になったのが、このサンアントニオ。。その当時のFortや戦場の後が残っている様ですが、私は今回、全く時間が無く、いけませんでした。。。





到着したのは、夜8時を回っていましたが、夜もやっている。。と聞き、挑戦したのがこちら。。。





リバークルーズ


San Antonio.jpg





サンアントニオのダウンタウンは、川(サンアントニオ川)が流れ、その様子が良くベニスの様だ、と例えられているので、是非このリバークルーズをしたかったのですが。。正直申しまして、ちょっとがっかりしました。。。と言うのは。川沿いの古いビルディングをどんどん壊して、新しいビルを建てたり、お洒落でファンシーなレストランが川沿いに並んだりで。。。何となく、ラスベガスの、べネチアンホテルを彷彿してしまったのです。。作り物。折角の歴史も伝統の重みも感じられなくなってしまって。依然として私が訪問していた時も、古い建物を壊しておりましたから、この、サンアントニオのラスベガス化は、どんどん進んでしまうのでしょう。。いずれカジノも合法化する、と言う様な話もある様です。。。アメリカの何でも商業化は、嫌いです。





リバークルーズのガイド件、船頭さん(笑)

San Antonio 2.jpg





夜だったので、フラッシュをたいても余り写真が取れず。。雰囲気だけでもわかって戴けたら、と思います。





San Antonio 3.jpg





San Antonio 6.jpg





Texas 10.jpg





こちらは、どうやら川の上にショッピングモール(リバーセンターと言う)を立てたみたいで。こうしてそのショッピングセンターの中を船で入って行きます。。ここが一番幻滅。





San antonio 4.jpg





San Antonio 5.jpg





このリバークルーズ以外に、川の周りはリバーウォークと呼ばれる歩道があり、川沿いをずっと歩く事ができます。





運転で疲れている私には、適度の体の運動が心地よく。。多分2時間位かけてずっと川沿いを歩きました。。明るかったら色々写真が撮れてよかったのですけれどね。そのリバーウォークで唯一その道の様子がわかる写真。。この様に道はずっと石畳になっています。





San Antonio 7.jpg





さて。。次は、サンアントニオから、2都市を経由して、最終目的地サンディエゴまでは後3日ですね。。半分の行程が終わり。


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