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あれから1年。。 [癒し]

2012年3月11日

アクセス数が、70万を超えました。。更新が3ヶ月に1度程度になりつつありますが、訪問してくださる方がいて、幸せです。有難うございます。

東北大震災から1年。

アメリカでも、”あれから1年”として、全国ネットのトップニュースで取り上げられていました。

そして、TV Japanでは、日本で行われていた東北大震災1周年追悼式の様子が生中継されて、日本の時刻2時46分に(こちらの夜9時46分)、共に黙祷する事ができました。遺族代表の方々のお言葉は、胸を締め付けられる様な思いで聞いておりました。

私は、野田総理の評価は、割と良いです。あの方は、首相になって顔つきが変わりました。きりりと。引き締まった感じです。それがリーダーと言うものだろう、と思います。それまで短期間に辞めていった首相達や、石にすがりついても辞めようとしなかった前首相の表情の無い顔とは違います。瓦版、と称して送られてくるメッセージも、なかなか良い事を言われています。フィロソフィーを感じます。この式典でのお言葉も、なかなか大した決意を表明されていて、好感を持ちました。野田政権、しばらく続いて欲しいと思います。

今週末は、東北の為、サンディエゴで行われている活動に参加しています。

昨年は、バルボアパークのジャパニーズフレンドシップガーデンでの桜祭りにおける募金活動と、Music for Japanと名づけられたチャリティーコンサートのボランティアー、Pray for Japanと言う活動とその本の出版の活動に対する翻訳のボランティア。それでも、これ位しかできない自分、祖国を離れている自分に悔しい思いをしました。今も、未だ、その気持ちは無くなっていませんし、私はこのまま家族から離れてアメリカに住むべきなんだろうか。。と言う問いを続けたまま、未だ答えが見つからずにいます。

今年は、”Yoga for Japan", "Pray-heal for Japan" と言う活動に参加しています。Yoga for Japanは、チャリティーヨガに参加。Pray-heal for Japanは、マッサージやオーラ診断等のいわゆるヒーリング活動のチャリティーで、私は、Reiki(霊気)をドネーションしました。5年前の2007年6月に、霊気のCertificateを取りました。初めてセドナに言ったのが、2007年の5月末、ですので、その後直ぐ、霊気を学び始めて、取得したのですね。。実際に、このCertificateでもって、霊気マッサージをしてお金を取れるのですが、実際にお金目的に霊気をした事はなく、たいてい友人に対してやったりする位です。。
今日、多分全部で8人位やりましたでしょうか。。自分が楽しんでいるのが凄くわかりました。これを使って、将来、東北回りをして被災者の方々に霊気を施したら良いのかな~とか。。。色々考える事があります。
この活動に、東京からはるばるヒーラーの方がやって来て、その方がヨガの時に、ヒーリングを行って下さっています。。実は金曜に、準備がてら、友達の家に集まり(結局飲んだ暮れですが・苦笑)、そのヒーラーの方にお会いしました。男性なのですが、非常にやわらかい優しいエネルギーを持った方です。。
カードリーディングをやって戴き、色々なお告げ(笑)がありました。お告げと言うよりも。。過去に何人もの霊能者やシャーマン達から言われて続けている事と同じ事が突きつけられ、もう自分ではわかっているのですが、なかなか信じず行動に移せていない自分の部分なので、もう言い訳ができない位、これでもか、と見せられてしまいました。。ので、もうやるしかないのです。。

そのヒーラーの方が使っているカードが、ハワイのマナカードで。。。私はこのカードを茶長とハワイで会った時に、どうしても見せたいものがある、と言ってお店に連れて行かれてこのカードを使いなさい、と言われて買ったカードです。。なので、これもご縁なのだなあ~と思い、人と人との出会いの不思議さを改めて感じている次第です。。

皆様にとって、本日はどの様に迎えられましたか。。?

最後になりますが、1年前の今日、大きな厄災で失われた数多くの尊い命と幸せと日常に、そして今なお、たくさんの苦しみと悲しみを抱え続けていらっしゃる多くの方々に、心からのお悔やみとお見舞いを申し上げます。

3月になったと言うのに、日本はまだまだ寒いようですね。。。
皆様、お風邪など召さない様、暖かくしてお過ごしくださいね。。春ももう直ぐですね。。

アメリカはなんと、本日、夏時間の始まりです。。まさか。。春分の日も未だなのにね。。。
春をすっ飛ばして、時間だけ夏です。。時間が一時間進みます。
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無償の愛 [癒し]

7月12日(月)

月日の過ぎるのは、何故これ程、早いのだろう。。。もう7月も12日が過ぎてしまった。

日曜は、新月に、皆既日食と言う、自分の心・マインドが望む方向に向って、新しいスタートを切るには絶好のチャンスだった。

私の大切な友人が亡くなってから49日が過ぎ。今日は、故人を偲び、又思い出話をさせて戴こうと思う。

大切な友人ーここにコメントを残す時に、彼女が使用していたペンネームで呼ばせて戴こうかな。。

私と茶長との出会いは、今から11年前にさかのぼり、99年の年末、オンラインで、でした。

99年と言えば、例のアステカカレンダーによると、自分がアスセンションに向けて意識を上げて行く、とコミットをする最後の年だったのですが、私の場合は、余りにも自分をベール(と言うより鎧)に包み、自分を生きていなかったので、私を囲む状況の方が変わり、私が嫌でも意識改革をせざるを得ない、と言う状況になりました。

私はその時(その頃の)人生で最大の挫折を味わっていました。私はそれまで、人生において大きな失敗を味わってこなかったので、色々相談していた親友は、私の挫折の許容範囲が狭い、と、それ位の事で何だ、と、叱咤激励をしてくれたのですが、あの時は、何を聞いても、何をやっても、全く気力が浮上せず、毎日がどん底でした。具体的に、どんな問題が起こったか、をご説明するよりも、それが自分にとって、どんな挫折だったか、をご説明しますと。それまで、仕事、仕事と、仕事を頑張って来たのですが、結局、どれだけ会社に貢献しても、自分の時間やエネルギーを費やしても、最終的には、会社は何もしてくれないのだ、と言う、自分の生活基盤と言うか、価値観、そしてそれに基づく自分の生き様が、根本的に変わってしまう様な、出来事でした。

今の日本は、これまでの終身雇用も崩れ、私の様に、大きな価値観の変化を味わっていらっしゃる方がたくさんいるかもしれませんね。。

今思えば、会社は何もしてくれない、のは当たり前なのです。会社はビジネスの為に存在し。そのビジネスを成功させる為に、私達従業員は、時間と労力を提供する。そして会社はその対価を払う。平等の関係なのです。
が、やはり、会社に勤めると言う事は、会社の意向が優先される。私達従業員は、置き換えられる部品。。

私が、その大きな挫折を味わい、価値観ががらがらと崩れ去って行った時に気づいたのは。
結局、朝から晩まで、仕事、仕事に明け暮れて。気付いた時には仕事に、自分の生きる価値を依存していた、と言うか。もちろん仕事は、自分が生きて行く上で、自分が成長できる場ではあったのですが、自分が自分の人生を生きて行く上で、それをサポートする手段であるはずの仕事が、いつの間にか立場が逆転していた、と言う事に気づいたのです。 We work to Live, not live to work....

では、私から仕事を取ったら何が残るのか。。。何も無いではないか、空洞の自分。。

そんな自分が見えてしまい、本気で、もう生きていても仕方がない。。と思い始めていました。

が、心のどこかで、何とかしたい、何とかここから立ち上がりたい、と思っていたのでしょう。。色々な本を読みあさりました。今の日本は、心のケアーや生活の質の向上が優先されると言う事が語られ、情報もたくさんあるでしょうが、あの頃は余り無く、本も、どちらかと言うと海外の本を翻訳されたものが殆どでした。更に、アメリカでは当たり前の、心のカウンセラーに相談する、と言う事も、あの頃の日本は、私が勝手にそう思っていただけかもしれないのですが、精神科に見てもらう、と言う様な事は人間として失格、みたいな抵抗があり、なかなか専門家に相談しようと言う勇気もわきませんでした。もっと言うと、それまで一人で何でもやって来た自立した人間だったので、なかなか他人に自分の弱みを見せて、”助けてください”と言えなかった。

そこで。私が取った行動は、インターネットで、心の事を取り扱っているウエッブサイトを毎晩、毎晩読み漁った。あの頃は、未だブロードバンドも無く、ダイアルアップの、つながると、ピーヒャララー(覚えていますか?あの音)、と音がするつなぎ方で、滅茶苦茶反応の遅いインターネットで、毎晩Webを読み漁っていました。あの頃は、ブログもなく、ホームページと言う呼び方でしたか。。

そうして、出会ったのが、茶長のウエッブサイトでした。 

私は茶長の、前向きな生き様に惹かれました。その時の私は、どん底で、もう死んでも良い、位な気分でいたのですが、”そう、それは可愛そうねえ。よし、よし”みたいな、慰めは求めていなくて。どうしたら、そのどん底から立ち直れるか、の具体的アドバイスを求めていたのです。茶長の生き様が、とても励みになりました。

そして私は、見ず知らずの茶長に、思い切ってメールを書きました。自分の生い立ちから始まり、何が起こって、今自分は死にたいほど落ち込んでいる事を。でも、そこから立ち上がりたいと思っている事を。。とても長い、長い、メールでした。99年のど年末、です。

私はそのメールを出した後、年末年始は実家で過ごし、会社が始まる1日に前に、自分のアパートに戻りました。メールのインボックスを開けるのが、怖かったです。多分、無視されているだろう、と。私の人生には、無視される、が問題として、何度も起こっているから、です。

茶長からの返事が、ありました。最初の一声は、良く”助けて”、が言えましたね、おめでとう、と言う事と。私は最近死にたい、と言う人から相談を受け続けるので、これは私も次のステップを進む事が要求されているのだと思う、と。。その茶長の返事は、今でもはっきりと覚えています。私がまるで、清水の舞台から飛び降りる位の覚悟で、メールを出した事を、この見ず知らずの人は、わかってくれた。。それだけで、救われた気持ちでした。

そこから茶長は、メールによる、カウンセリングを受けてくださいました。通常は、絶対メールではやらないのだけれど、と私の場合は、遠距離だったので、やむを得ない、と。それで、私は、お金を払いたいので、いくらか教えてください、と申し上げたら。。

”無償でやります。これは私からZunkoさんへの、無償の愛、です”。

無償の愛ー無条件の愛。。私は、これをずっと求めていました。私のブログのどこかで、書いた記憶がありますが。。学校の成績が良いから、良い大学に進学したから、優秀だから、一流企業に勤めているから、と言う条件付ではなく、私、と言う存在そのものを、ありのまま丸ごと受けいれて、愛してくれる。。そんな実感をいつも求めていました。

結局、茶長との最初のカウンセリングのテーマが、無償の愛。。

上に書いた通り、私から仕事を取ったら何が残るのか。。何も無い、空洞の自分。。。でも、それが私。その私自身を丸ごと受け入れ、愛する。。それが自分が自分自身を受け入れ愛すること。Self-love。。

自分が自分の事をありのまま受けれいれて、無条件に愛する事ができなければ、ましてや自分の周りにそれができない。

そして。もし、私が、例えば家族から、無条件に愛されている、と感じない時。それは私が家族に与える事ができるギフト、と言う事。。。 

こんな事を教えてくれたのが、茶長との最初の出会いでした。

それから、茶長が、お仕事で、私の働く町の近くまでいらっしゃる事があって。初めてお目にかかりました。
2000年の2月頃だったと思います。その時は、セレブな方とはつゆ知らず、自分が食べたいので、
高輪の高級レストランに連れて行き(それで良かったんですね)、全部茶長に払ってもらった(これは予定外だったけど、嬉しかった・笑)。

そして、その後、茶長が始めた、月一度のヒーリングレッスンに通い始め。茶長の知人を通して紹介された、アメリカ人の心理学博士のセミナーに、東京、京都を皮切りに参加し、アメリカに住み始めても、カナダ、ロンドンに足を運び、心理学を学び続けました。 

茶長に教えて戴いた発想を基に、自分と接する相手を見ると。。相手が自分をどう扱うか、で、その人がご自分を日頃どう扱っているか、が見えてくる。。余りにひどい扱い方をされた時、なんだこいつ、と私はむかつきますが、一歩視点を変えると、そうやってその人はいつも自分に対してひどい扱い方をしているのだ。と見えて来て、これが慈愛、コンパッションの始まりなんだ、と言う事が、後でわかってきました。が、この視点を変えて、なんだこいつ、とむかつく気持ちから、コンパッションへの転換が、なかなかできない、とんでもなくむかつく相手、と言うのが次から次へと人生に出てきます。その人への怒りから許し、そして慈愛へと変えていく事を助けてくれる、私が成長する為の課題が常に与えられる、と言う感じですね。

ただ、ここで注意しないといけないのは、自分に対してひどい態度を取った相手、は許し、受け入れますが、そのひどい態度・言動そのものは受け入れない。。相手に対してはっきり、ノーと言う。。これが、私には、実はなかなか、できないのです。ビジネスの世界や自分が顧客の場合はできるのですが、例えば近い友人になればなる程、できなくなります。今はそれが課題。。


茶長は、夢にも出てこないし。気配も感じないし。。アメリカまで来ないのかな~。と思っている時。確か、6月の終わり、マイケルジャクソンの1周忌で、ローカルラジオで、マイケルジャクソンの特集をやっていました。ベッドに入る前に、ベッドサイドにあるラジオをつけたら、We are the World。。が流れまして。それは、茶長が自分のお葬式の曲のひとつとして挙げていた曲だったのですが。。それを聞きながら、私は、ラジオをつけたまま、ライトもつけっぱなしで、いつの間にか、眠ってしまいました。 

ふと真夜中に目が覚めて。。その時にラジオから流れたマイケルジャクソンの曲が、こちらでした。 

You are not alone....



For you are not alone
For I am here with you
Though we're far apart
You're always in my heart
For you are not alone

それまで。。茶長の事を考えないように、自分の感情と向き会う事を避けていたのですが、この曲を聴いた時、せきを切ったように泣きました。茶長からのメッセージだとその時、はっきり思いました。

こうして、時々、私にメッセージを送ってね、茶長。。ジョークも聞きたい(笑)
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愛別離苦 [癒し]

2010年6月3日(木)

日本にいる時に、普天間問題をしきりにやっていて。。福島さんの著名拒否、罷免。

アメリカに戻って来たら、鳥山さん辞任のニュース。え~、辞めるのかよ?びっくりした、と言うのが正直な所。
阿部さんに始まって、麻生さん、福田さん、と1年位しか持たない首相が続いたと思ったら、今度は1年未満ですか。。。過去の3人との違いは、鳩山さんは、さじを投げた、と言う感じではなかった所、位か。。
鳩山首相辞任のニュースは沖縄の基地問題を含んでいるせいか、サンディエゴでもローカルニュースで取り上げられていました。

私は日本に住んでおりませんので、ニュースでしか知らないのですが、私が持った感想は、3つ。

1.何故、選挙の時に鳩山さんは、普天間基地の移転を、沖縄県外、と公約したのか。。。
本当に、沖縄県民を思っての事なのか、それとも選挙で自民党に勝つ為だけに、自民党の方針に何の対抗案も持たず、やみくもに反対し、社民党との歩調を合わせただけのか?

私は、後者の様に思います。何故なら、もし本当に沖縄県民の為を思って、普天間基地を県外(もしくは国外)に移転するつもりであれば、覚悟を決めて、アメリカと交渉をしたであろう、と思うからです。その覚悟の微塵も見えませんでした。

2.何故、日本人特有の、根回しをしなかったのか?
関係各位と顔を突き合わせて、ひざ詰め談判をした様にも見えませんでした。何故、もっと早い時点で、沖縄の県長、市長達と県外に移す事は難しい、と話をして、説得しなかったのか。

私は、所詮鳩山さんは、パペット(操り人形)だったのかな、と。我が全く見えない、無我の状態で、一貫性の無いパッチワークの様な印象は、恐らく裏で操っている人が、駄目だったのでしょう。。そんなのとっくにわかっていたはずなのに、未だに政界にいるとは恐ろしいです。。さて、その裏で操っている人とは。。もちろん小沢さん、と勝手に想像しています。根回しは、官僚に任せても良さそうなものですが。。変に、独裁者だったんでしょうか。

3.鳩山さんは、最後に、本音を出したんではないか。
日本の新聞で読みましたが、前の晩、鳩山さんと小沢さんは面会して、小沢さんが、社民党を立てる為に、沖縄の辺野古と言う地名を入れない様にと言うお願いをしたのが、当日の朝、オバマ大統領と話をして、ころっと変わって辺野古を入れてしまった、と。。これは、小沢さんよりも、オバマ大統領を重んじたからなのでしょうか。。? 最後に、辞任された時に、小沢さんも道連れにした。。ひょっとしたら、これが一番の功績??

これほど日本が心配に思えた事は今までありませんでした。次は菅さんと聞いていますが、その方のリーダーシップは如何なのでしょうか? 国民の為の政治を目指せるのでしょうか??

題名とは全く関係ない内容をつらつら書きましたが、この辺りで本題を。。

今回、四苦八苦の一つを経験しました。。愛別離苦、です。

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謹賀新年 2010年 [癒し]

12月31日(木)大晦日

新年あけましておめでとうございます。いつも、拙ブログをご訪問下さり、又コメントを下さり有難うございます。アメリカに住んでいる私にとっては、このブログで皆様から戴くコメントが、とても励みになっております。どうぞ本年もよろしくお願い致します。

今朝、朝7時に目覚ましを鳴らし、日本の実家に電話して新年の挨拶をしました。日本にいない時は、毎年かかさず日本時間の元旦に電話をして家族に新年の挨拶をする、と言う事を習慣にしております。末にヨーロッパは新年を迎え、アメリカの東海岸は後残す所4時間余り。。そして、ここ西海岸は、後7時間余り。。アメリカの大晦日は、皆普通に仕事して、普通の連休の前の日と余り変わりません。。

2009年を振り返り、私の正直な感想は。。一体私は何をしているんだろう??

勿論、私は、仕事をし、遊び、毎日精一杯生きておりますが、何かが足りない。旨く表現できないのですが、魂が喜んでいない。。と言う感じでしょうか。

じゃあ、何をすれば魂が喜ぶのか。。具体的にはわかりません(笑)。いえ、無意識では知っているのに、そこからずっと目をそらしている、と言うのが事実です。

来年、2010年は、21世紀になって最初の10年が終わり、次の10年の始まりでもあるので。。来年の目標の一つは、何があっても、常に心をオープンにして、色々な事を吸収し、学び続けたいという所と。心をオープンにし続けると言うのは、簡単な様でいて、この物質主義的世の中では、難しい事ではあるけれど。更に私の目標は、心をオープンし続けても、心の平和と、Pure Love を感じ続けられる事。。これが難しい。


今年の新年は、丑年に因み、牛のごとく、と言う夏目漱石の言葉を引用しました。

来年は、寅年で。。残念ながら、Tiger Woodsの不倫騒動で、"Be a Tiger " と言うある会社の宣伝が、余り良い印象をもたれなくなってしまいました(笑) 

ので、来年に向けて、ある日、ふと目に付いた以下の言葉を引用します。


Life has taught us that love does not consist in gazing at each other but in looking outward in the same direction - Antoine de Saint Exupery

人生は教えてくれる。愛は、お互いの目を見詰め合う処にあるのではなく、同じ方向に向かって見ている処にあります。

その同じ方向が、憎しみや恨みにあふれた傲慢な物質主義の世の中ではなく、お互いを尊重しあい、助け合い、分かち合い、自然と共存し、外見ではなく、内面の豊かさを重んじる世の中でありますよう。。。

どうぞ皆様にとって、今年1年が素晴らしい年でありますよう、お祈りいたします。
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Calling all angels..... [癒し]

12月16日(水)

ご無沙汰をしております・・・。あっと言う間に12月も中旬になり、クリスマスまで10日をきりました。私は、今年はどこへも旅に行かず、サンディエゴの滞在を満喫する、いわゆるStacation-ステーケーション、です(笑)。年内には、韓国の釜山の記事をアップします。。。♪ 本当は、今日、アップしようと思っていたのですが。

今、見ていたあるテレビ番組でこの曲が流れ。。ここにアップをしたいと思いました。

Train のCalling all agnels.... 今の私の心境かな。。
そうだな。呼んでいるのは、アーキエンジェルのMickael... 剣で堕天使ルシファーを退治している。

And I'm calling all angels
I'm calling all you angels

I won't give up if you dont give up
I won't give up if you dont give up
I won't give up if you dont give up
I won't give up if you dont give up




あ。。松井が、エンジェルスに移籍ですね。。夢一杯のディズニーランドがあるアナハイムにある球団。。アナハイムだったら、見にいけそうだな~。嬉しい。ひょっとしたら、サンディエゴにも来るかな。
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